村上信一郎『ベルルスコーニの時代 崩れ行くイタリア政治』(岩波新書) 

私がイタリアに興味を持ったきっかけの一つは、シルヴィオ・ベルルスコーニです。

2001年ごろだったか、たぶんThe Economist に出たベルルスコーニ批判のうちのどれかを読んだように思います。ただ、当時イタリアに全く無関心だった私は、「まあ、イタリア人はいい加減だから」で終わってしまいました。

初めてイタリアを一人で旅行した大学生の時、イタリアに対する印象が良くなくて、「こんな国に二度と来るものか」と思っていたのです。。。実際は、一生の縁になってしまうわけですが。

その後、紆余曲折あってイタリアと関わるようになり、「これだけ批判されているベルルスコーニが、なぜ何度も政権をとり、20年もイタリア政界を牛耳ってきたのだろう」という素朴な疑問をずっと抱えていました。

イタリア語で新聞や書籍を読むようになって、分からないながら、ベルルスコーニを理解するための背景を求めていきました。彼を理解するには、少なくともファシズム時代までさかのぼる必要があるように思います。

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村上信一郎先生の「ベルルスコーニの時代」は、1948年生まれの著者から見た同時代史としてイタリアを描いたものです。サピエンツァ大学でアルド・モーロの講義を聞いたことがある著者の記述は、読みやすいうえに生き生きとしており、生のイタリアを直接感じ取れるようになっています。

とりわけ日本では、イタリアの戦後史を一般向けに説明した書籍は得難く、的確・コンパクトに、かつアカデミックな成果にこだわらず幅広く情報を入れ込んだ新書として、優れているように思います。

それだけに非常に濃密で、それが長所でもあり、あるいは短所かもしれません。日本の読者は、イタリア現代史に全く無縁な人が多いはずなのに、前提知識が相当に求められるからです。

ただそれでも、少なくとも私にとっては非常に勉強になり、頭の整理にもなりました。

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ただ、こういうところも聞いてみたかったという点がいくつかあり、たとえばプローディ内閣の崩壊からダレーマ内閣の成立の背景についてがその一つ。

1998年にプローディ内閣は議会から不信任を受け総辞職します。この背景に、当時切迫しつつあったセルビア情勢があったようです。NATO軍に全面的に協力することにやや距離を置いていたプローディよりも、米国と非常に融和的でイタリア共産党出身ゆえに平和主義者を抑え込みやすいと見込まれたダレーマを立てたのは、同じ年に中道右派勢力の共和国民主連合を結成した元大統領フランチェスコ・コッシーガの画策による、と言われており、このあたりはどうなるのか、個人的には興味津々です。

イタリア政治は国内環境にのみ規定されるのではなく、国際環境にも大きく左右されてきました。イタリアの面白さ、です。

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もう一つは、ベルルスコーニの評価の問題で、マフィアとの癒着・脱税・国家の私物化などなどについて、著者は具体的事実をあげて手厳しく批判しています。

これ自体はもっともだと私も思いますが、ベルルスコーニの存在は何かもっと根深いものの表れではないかという印象を持っています。それは、イタリア半島に固有のなにかかもしれないとも思いますが、その点、あとがきで

この現象にはイタリアの歴史や政治の特殊性に還元できない普遍性がある

とする著者の直感とはやや異なります。

もちろん、ドナルド・トランプの登場(米国の大統領選挙の際に、イタリアのベルルスコーニと頻繁に比較されたことは記憶に新しい)、日本の政治状況などなどを見ても、むしろ著者の直感ももっともで、それは私も同感です。

それでも、ベルルスコーニが政界に登場したのは1994年、長期政権を担ったのは2001年からと、かなり以前のことであり、近年の政治状況とは文脈が異なります。そこになにかイタリア固有のもの、イタリア半島が背負っているものの重さを、私などは感じます。

たとえば、企業家としてのベルルスコーニの歩み、脱税やマフィアとの癒着、また政治家としては公権力の私物化等々といった、ベルルスコーニに向けられるイタリア人の批判そのものは、むしろイタリア人自身に返ってくることはないでしょうか。ベルルスコーニだけが責められるようには思いません。

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本書では、イタリア戦後史を最初から語り起こしており、また各登場人物について出身地や背景を新書としては細かく描くことで、「なぜそうなのか」を説明しています。

これがイタリアの複雑さと面白さを伝えて余すところがありません。と同時にそれだけシルビオ・ベルルスコーニの存在がいかに巨大かを、一層感じます。

80歳を超えたベルルスコーニは矍鑠としていますが、年齢による衰えは隠しきれず、また自らが率いるフォルツァ・イタリアはかつての栄光は見る影もなく、今やほぼ弱小政党となってしまっています。

それでも、もう一勝負するのか、それとも終幕に向けてどのように動くのか。これからどういう展開になるのか、私には全く想像もつきません。

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最後に、つい先日、私の知人であるイタリア議会の元議員秘書が、ベルルスコーニに面談した時の印象を話してくれたので、それを書いておきましょう。

面談するまで、ベルルスコーニに全く批判的だった彼は、面談した後に評価を完全に変えたんだそうです。

「脱税?OK。利益背反?分かりました。スキャンダル?ごもっとも。でも彼はいいこともした。たとえば。。。」

このあたりが、ベルルスコーニの秘密なんでしょう。私が、ベルルスコーニはイタリアの何事かを象徴していると感じることと通じるものがあるように思います。

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